家庭教育支援向けコラム: 2013年12月アーカイブ

第二回目のコラムをお届けいたします。さて、今回は鉛筆の持ち方についての考えを書きますが、その前に先日観た大河ドラマで印象に残る台詞がありましたので、そのことから書かせていただきます。

 

  今放映されているNHKの『八重の桜』の中で、こんな台詞がありました。

 

「賢いということは、心こまやかということ。」

 

私は、これを観て「なるほど」と思いました。たしかに賢さとはある種のこまやかさを備えていることだと思います。ただ、一口に賢さといっても、持って生まれた賢さもあれば訓練によって身につく賢さもあると私は考えます。

 

前回、勉強のよく出来る子どもの特徴として、返事ができる・あいさつができる・椅子、靴をそろえられるの三つをご紹介しましたが、これをいつもしようと思えばいつも自分の身のまわりのことに気を配っていなければなりません。

 

これも「こまやか」ということでしょう。加えていうならば、靴をそろえるといっても、向きを変えるだけでなく、あがり框(かまち)に対して垂直にきちんと置けているということ、それを意識できるということがとても大切だと私は思います。

 

そういう真っすぐだとか少し斜めになっているとかいう感覚が、文字、特に漢字を書くときの一画一画に反映されます。

 

この横線をどのくらいの長さで書くのか、斜め線の角度はどれくらいか、そういうことを意識できないと整った字形にならないし、なかなか漢字も覚えられません。

 

漢字のあまり書けない子どもたちを観ていると、

 

おおむね①筆順がちがう

②一画一画の長さや角度が不適切で、全体的にバランスが悪い

③細かい形の違いや抜けが多い、などの傾向があります。

 

そもそも筆順などは、おおむねその順番に書いたほうが書きやすく、また覚えやすく定められているのに、どうしてわざわざ違う順で書こうとするのか不思議に思うのですが、小学校二、三年生ぐらいの漢字で停滞している子どもは、たいてい筆順が身についていません。

 

こうしたことに意識が向くというのがこまやかということですし、日常の生活の中でこまやかなことを意識するよう促していくことで、個人差はあるけれども学習のときにこまやかな点が意識できるようになるのではないかというのが私の考えです。

 

「伸び伸び育てる」とうことばは魅力的ですが、「賢くて伸び伸び」と「賢くなくて粗雑」の違いを私たちは意識すべきではないでしょうか。

 

 

 さて、ずいぶん遠回りしましたが、鉛筆の持ち方です。

 

 

私が、鉛筆の持ち方のよくない子どもたちが意外と多いことに気づいたのは、塾を始めて間もなくです。

 

それで気になって当時非常勤講師として勤めていた私立中学校の二、三のクラスで生徒たちの鉛筆の持ち方を観てみましたが、少なく見積もってクラスの3割前後が正しい持ち方になっていませんでした。

 

 

なぜこんなに持ち方が悪い生徒たちが多いのか、

 

 

最初私はシャープペンシルだと正しい持ち方がしにくいのか、指の力が弱い子どもが力の入りやすいように我流の持ち方をしているのだろうと考えました。

 

当時私の教室ではまだ低学年のお子さんをあずかっておらず低学年のお子さんを観ていませんでしたので、低学年の頃は正しい持ち方をしていても学年があがるにつれてだんだん我流になって崩れてくるのだと思ったのです。

 

ところが低学年のお子さんをあずかるようになってみると、もうすでに誤った鉛筆の持ち方をしている子どもがいます。

 

しかも、それでそこそこ整った字が書けている子もいます。

 

そこそこ整っていれば問題ないではないかとお考えの方もいらっしゃるかもしれません。

 

また、私が非常勤講師をしていた私立中学は中学入試に合格した子どもたちがきているわけですから、鉛筆の持ち方が悪くても学力があればそれでいいのではないかという見方もあるかもしれません。

 

 

しかし、私は鉛筆の持ち方にこだわります。

 

 

 その理由の一つ目は、鉛筆や筆の持ち方が悪いと字が書きにくいからです。

 

 

文字には「とめ」「はね」「はらい」などといわれる終筆の形がありますが、鉛筆の持ち方が悪いとしづらいものです。

 

書きづらいというのは子どもにとって大きなストレスになり、書きづらいから練習をしない、練習をしないから身につかないという悪循環に陥る子どももいるのではないかと私は感じています。

 

また逆に一度誤った鉛筆の持ち方を身につけてしまうと、今度は正しい持ち方に直させたときのストレスが大きく、これはこれで、正しい持ち方にさせようとすると書くことを嫌がるという悪循環をおこします。

 

私の教室で見たところ、小学校1年生でもすでに誤った持ち方が定着してしまっているとみられるお子さんがいます。

 

 

これはどうしたことでしょうか?

 

 

小学校にあがる前にすでにご家庭あるいは保育所、幼稚園などで文字を書く機会があり、いい加減な持ち方で文字を書くことが身についてしまったのでしょうか?

 

しかし一度ついてしまった癖というのはなかなか直りにくいものなので、文字を書くことを教えるなら子どもが嫌がっても始めから正しい鉛筆の持ち方をさせたほうがよいというのが私の考えです。

 

鉛筆を持つときの筋肉の使い方は箸を持つときの筋肉の使い方と似ているともいいます。

 

あるいは家庭で箸をつかう機会も減ってきているのかもしれないとも思いますが、これは私が鉛筆の持ち方にこだわる二つ目の理由とも関係します。

 

 

 理由の二つ目は、鉛筆の持ち方が悪いと所作が美しく見えないからです。

 

 

作家の清水義範氏は著書『行儀よくしろ』(ちくま新書)の中で、「教育にはその国の文化をいかに継承していくかという視点も必要であり、文化を継承した人びとの所作は美しい」という意味のことを書いておられます。

 

私が子どもたちと接してきた実感からいうと、国語力の高いお子さんは、古くからの習慣や季節の行事などにもくわしい子が多いようです。

 

文化の継承は国語力を高めるためにも必要だと思います。箸の持ち方や鉛筆の持ち方も文化です。

 

 

こういうことをおろそかにしないというご家庭の姿勢が、子どもたちに日本の

文化を伝え、文化とともに子どもたちの学力も育むのではないでしょうか。

 

 とはいえ、鉛筆の正しい持ち方を定着させるには時間がかかります。

 

なかなか身につかないお子さんには、出来ないからといって叱ったりせず、三角鉛筆やペングリップなど正しい持ち方を身につけるための道具も使いながらくり返しくり返し正しい持ち方を促していく、その根気が必要かと思います。

 

けれども、学校まかせではなく、ご家庭でもこうした取り組みをすることは子どもたちの学力の土台をつくる大切な家庭教育ではないかと私は考えます。

 

  国語塾いはら教室主宰 井原 幸彦

  

 【公式】国語塾いはら教室ウェブサイト

 

 

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